NVCという平和の飛行船

世界の平和は自分の心の平和から始まる

僕は本が好きだ。本は時を超え海や山を越えてどこへでも行ける飛行船ようだ。そこでは余裕という贅沢な時間のなかで現実では気づくことができないリアリティな体験ができる。それも美味しいランチを食べると同じ値段で。そんな魅力のつまった本に久々に出合った。

 

『「わかりあえない」を超える』この本の著者マーシャル・B・ローゼンバーグは、世界の紛争地帯で宗教上の理由で殺し合いをしている部族間の争いごとなどを解決したりする紛争解決の専門家である。

そういうリアルに危険で命がけな現場でNVCという手法を使い、どうにもならない怒りや憎しみを共感と貢献に上書きして平和な関係を築いている。このNVCとは、非暴力コミュニケーションと訳される。暴力的な言動の根源にある自分や他人に対する破壊的で批評的な態度や、本当に自分が大切にしていることや自分が願っていることに気づき、マインドセットを変えることで、穏やかで喜びにあふれた心を手に入れるための手法である。本書の中で著者は、何十年も続いた家族紛争を1時間で解決してその夜の和やかな食卓を実現したり、ストリートギャングの親分とすぐに友達になって一緒に平和運動をはじめたりした話を紹介している。これって危ない事件が年々増加している今の日本でも、絶対に使える必殺技だと確信した。

 

この紛争解決の手法を、自分の中で未解決だった50年前の家族紛争を取り出して、ここで解決してみたいと思った。ここで飛行船で50年前にタイムスリップする。小学生のころから両親間での争いごとが絶えない環境の中で育った。いわゆる夫婦ケンカなのだが、僕は長男だったためか両親の言い分を公平に聞く義務を与えられた。二人の話を聞いてみるとどちらも正しいのに、なぜかケンカは絶えない。どうやら正しいことは一つではないらしい。だとすればお互いが相手の立場に立って考えることができないと平和はやってこない。小学生だった僕はそう考えた。

にもかかわらず世間を見渡すと相手を批判して相手に勝つことだけを考えた争いごとばかりで、誰も相手の立場に立って考える余裕がないようだった。小学生の僕でもわかることが、どうして大人はわからないんだろう。それが不思議でしょうがなかった。そのときに思った。人と人とを調停できる人間になりたい、と。でもその道のりは長く険しかった。

 

子どもころの僕は、自分の中に理解されない悲しさや怒りという暴力を秘めていた。そして言葉という刃を武器に、大人たちと戦おうとしていたことに気づいていなかった。そしてその刃は、自分を深く傷つけてしまった。子どもの僕は他人に向けた刃が自分も傷つけることを知らなかった。味方だと思っていた自分の中に敵がいる。どうしていいかわからなかった。でも楽天家の僕は時間が解決してくれるとそのとき思った。でも何も変わらなかった。

 

そんな僕の心の友は本だった。心の友である飛行船で世界中を旅した。ときには美しい風景を楽しんだり、ときには心の深海を探検したりした。そうやって少しずつ成長してきたと思う。

そんな中で、ようやくNVCという味方に出合った。この味方のおかげで誰も傷つけない戦い方を学んだ。ケンカの相手で一番手強いのは誰か。それは自分自身だと思う。知らず知らずのうちに戦い続けていた中で、最も手強く、最も厄介な相手は自分自身ではないか。他人と比較して自分をダメな人間と決めつけてしまったり、すべきことや、ねばならないことで自分を縛り付けてしまったりする。そしてこの本を読んで気づいた。そんな自分自身に対する暴力にも依存してきたし、そんな兄弟みたいな存在を追い出すのも薄情な話だと思った。「すべき」という呪いの言葉から自分自身を解放してくれるのも自分だ。そう思うと楽になった。

自分のすべてを許してしまう。そして味方にする。それって自分以外の人にも使えることだし、これって敵がいないことではないか。そうすれば無敵になれる。そうだ無敵ならケンカに負けない。NVCは無敵のケンカ術なのだと気づいた。

 

この本を読み終えて、さっそく簡単なことから試してみた。まず車の運転が穏やかになった。若葉マークの車がいきなり飛び出してきても、ゆっくり前を走っていても腹が立たない。「おっそうきたか」と相手を思いやり落ち着いて対処できるようになった。車間距離をとってゆったり運転してみると、逆に道を譲ってくれたりするものだ。

また庭の柿の木を見ていたら村の長老の顔が浮かんだ。柿を持参すると家の玄関先で椅子に腰かけた長老の穏やかな姿が見えた。「これ柿です」。こんな自分の簡単な言葉にも心地よさを感じた。長老は全身笑顔で応えてくれた。僕はそんな穏やかで平和な空気が好きだ。難易度の高い紛争は置いといて、簡単にできることから始めればいいと思う。

とかいいながら、今日は村の人と同じ柿の木のことで目の色を変えてケンカしてしまった。自分の感情に気づきすぐに謝ったが、NVCはなかなか難しい。

 

 世界の平和は、まず自分の心の平和から始まると思う。皆さんも「NVCという平和の飛行船」に乗って世界旅行してみてはいかがだろうか。きっと楽しいことあると思うよ。

 

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